« July 2007 | Main | September 2007 »

世田谷区民は、京極直彦サマがお嫌い?

Youkaidaisennsou1_2
京極直彦サマの御本はもともとデザイナーの出身ということで、
装丁もものすごくこっています。

しかし、このところ妖怪エンゲル数があがっていることも、
あってもっぱら文庫本を購入していました。
しかしとある縁から上野毛のbook offに何気なし入ると
そこは、京極サマのお宝の山。

『嗤う伊右衛門』『巷説(こうせつ)百物語』『後巷説百物語』と
素敵な装丁の本が、半額。
ほかにもお宝がないかと、店内をみると文庫本の『塗仏の宴』『姑獲鳥の夏』
『鉄鼠の檻』などがほとんど新品の状態であります。

これを、中禅寺様ならではの分析を試みますと
たぶんこの高級住宅地の上野毛の住民の方々は
泉鏡花賞をはじめさまざまな章をとられたということで購入なさったものの、
京極サマのペダンチックな世界には、なじめなかったというところでしょうか。

いずれにしても、中野区の住人の私にとっては、ありがたい話で
さっそく買い込みました。

ちなみに、その翌日中野のbook offをみてみると、区によって
扱うジャンルが違うようです。

上野毛では、日本史の中に入っていた本が、
中野店ではちゃんとオカルトものに分類されていました。
上野毛に比べ、中野は、精神世界、心理、宗教、オカルトの
しめる割合があきらかに高い。

さすがに中野以西は神のラインといわれる中央線ならではの
ものがあります。

しかし、中野店では京極サマの単行本は、わずかに1冊。
そのかわり、怪の4号のバックナンバー、2005年に
上映されたDVDの『妖怪大戦争』をゲット。
さすがに、まんだらけのおひざもとです。
ちなみに、まんだらけの社長は、水木大先生の元アシスタント
だったそうです。
文庫本、単行本とおなじ題で二つ持っているものもありますが
文庫本は後ろに書いてある書評がおもしろい。
妖怪つながりか、妖怪学の小松和彦先生をはじめさまざまな
人が書いています。

HPの京極直彦様の世界を覗こうで
嗤う伊右衛門について書いています。よかったらどうぞ。
京極直彦サマの新しい愛の形がわかります。

写真は、中野のbook off で購入した『妖怪大戦争』3枚DVDがついて
3000円(多分半値でしょうか)お守りのブレスレッドとかいろいろついていました。
ガメラも出てきておもしろいです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

『嗤う伊右衛門』と恋するお岩

Waraumannga
昨日は、皆既月食でしたが、皆さん観察できましたか?
そのおかげかあちこちで、イサカイもおこっているようですが。
男女の恋についてお悩みの方にお勧めの本を今日はご紹介します。

写真は京極直彦の『嗤う伊右衛門』漫画です。
今まで東海道四谷怪談」では、お岩は「忍耐強い貞女」「卑屈なマゾヒスト」に描かれていました。

ところが、この『嗤う伊右衛門』でのお岩は、激しい気性と醜悪な容貌の持ち主ですが、卑屈なところや惨めなところは全くありません。自分の考えをしっかりと持ち強靭な意志で行動し、おのれの不幸をうらまないりんとした女性に描かれています。

「世間がどう思うとも、自分の人生は自分で決めたい。」「飾らない素顔の自分を受け入れてくれる異性を形式にとらわれず愛したい。」「だが、なかなかうまくいかない」、こういった『嗤う伊右衛門』の岩の望みと苦悩は、現代に生きる女性の多くに共感を呼ぶのではないでしょうか。

しかし心海自身の個人的な感想からいうと、伊右衛門は岩の見た目にこだわらず、岩を人間的に深く理解し愛しぬく理想的なヒーローとして描かれているが、ちょっときれいすぎて、なかなかこういう男性は少ないのではないかというのが実感です。(それともこれは京極サマの女性観でしょうか?)

むしろ自分の生まれから、周おりに害悪をたらし続ける伊東喜兵衛のほうが、人間の業としてわかりやすく思えましたが。

もう8月も残りわずかですが、残暑のあいまの読み物としては、お勧め。                  
続きは、またこのあとで

| | Comments (0) | TrackBack (0)

高原英理氏VS東雅夫氏のトークショーへいってきました

昨日青山のブックマート本店で行われた対談にいってきました。
これは、高原英理氏の「神野悪五郎只今退散仕る」
(しんのあくごろうただいまたいさんつかまつる)が
毎日新聞社から発刊されたのを記念しての対談だったようだ。

実のところ、高原英理というお名前をみても女性かなとおもうくらいで、
失礼な話ですが、ぜんぜん知らず、相手の東雅夫氏の名前にひかれて
参加したのです。

つい先日なぜか東氏の響鬼探求をはじめとする著作を買い込んでしまいました。
いい加減妖怪関係の予算がオーバーなので、ためらったのですが
これも昨日の対談会へのお導きだったのでしょうか。
この吸引力は、どうも稲生物怪録絵巻にあるようです。
この稲生物怪録絵巻は、広島県の
三次市
で江戸時代実在した稲生平太郎が30日間怪異あったという話です。

高原氏の神野悪五郎もこの怪異話が下敷きになっています。

トークショーでは、東氏が実際にいった広島三次市の
貴重なスライドが上映されました。

また、イノモケ文学賞も発表されました。
平太郎ののぼった比熊山、稲生屋敷はその山のふもとにあったようです。
写真からみると三次市も相当な田舎のような気がしました。
しかしイノモケ文学賞で高原賞にかがやいた甘南備あさ美氏の
「三次育ちじゃけ牡蠣あんまり食べんかった」によれば
今回中国の旅でおとづれた比婆郡は、ヒバゴンのでるところ
ほんな田舎と違うとけなされています。

スライドでは、広島市にあるという平太郎が魔王山本五郎左衛門からもらった
魔王の木槌をまつっている広島の名刹日蓮宗の国前寺。
なんと東氏によれば、水木しげる大先生は、みながたたりを恐れるこの木槌をふったそうです。
最後に水木先生、荒俣先生、京極先生ののぼりが大写しになりスライドは終わり。

トークショーの後はサイン会
ちなみに、高原氏、東氏の本を購入した私は、狩野探幽の描いた扇子を
いただきました。
そのほかにも、高原氏から会場に大盤ぶるまい、ありがとうございました。

なお写真は、会場で購入した、高原氏の本。
装丁がとてもきれいです。

019

| | Comments (0) | TrackBack (0)

今週末は妖怪祭り?

002_2
今日は本当は京都で世界怪会議です。
お祭り好きの私としては、祭りにでかける他の人のブログをみると
いてもたってもいられません。

京都の代わりではありませんが、東京の青山ブックセンターで
Web幽の編集長の東雅夫の対談があるそうなので、ちょっとのぞいてきます。

東さんといえば、アルケオロジー、怪談考古学の提唱者のようですが。
実物をみてきます。

ちなみに幽のブログをみると、今週末広島の三次市で「三次物の怪まつり」が開催されるそうです。

広島の三次といえば、谷川が当初車を返そうと思った地点です。
このため、今回の旅行はマツダレンタカーを選ぶ羽目になり、大変でした。

しかしそのとき、谷川から聞いたのは、広島への交通が不便ということでしたが、この三次市が2006年の世界怪会議の開催地だったとは。
全然知りませんでした。
縁のないときは仕方がありません。

ちなみに、この三次市は江戸時代、怪物退治をした稲生物怪で有名だった
そうです。
妖怪は世界をつなぐというのでしょうか?

写真は、日本唯一の怪談専門誌、「幽」 三遊亭圓朝の特集です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

あすから世界怪会議が京都ではじまる

水木しげる、京極直彦ら私の愛する怪メンバーが勢ぞろいする
世界怪会議が京都で、開催されます。

いきたかったです。
今怪ブログをみたら妖怪怪商店街がでるそうです。
江戸の絵草紙の再現でアダチ版画研究所の職人さんが出るそうです。
はやくいってくれ。
これを7月の末に知っていたら、いっていたのに。

私の今回の妖怪探索は金星の逆行とともにいきなり盛り上がり、
すでに東北、中国と予算はオーバーしてしまいました。

まあこういうイベントは、直前にばたばた決まるのが常なので仕方がありませんが。

もうすぐ逆行もおわり、28日に皆既日食もあるせいでしょうか
最後の盛り上がりのような気がします。

しかし、25日というのは、主婦にとっては出にくい時期です。
会社つとめのかたは、今週すでに復帰されたと思いますが、
ここらへんから宿題を始め、子供たちの登校準備に備え気持ちを入れ変えないと間に合いません。

世界怪会議の皆様、来年はぜひお盆までに開催をお願いします。

近所のインテリの豆腐やのおじさんが、豆腐販売にからめて言うコメントが
とても印象的なのですが、
「夏っていうのは、お盆でおわりなんだ、お盆がおわれば、秋なんだよ。」
まだまだ映画の憑き物も見ていないし、怪談もみていないし、

ぼちぼち、子供の自由研究ではありませんが、中国旅行記をまとめ、世界怪会議にいけない悔しさを
まんだら庵へようこそのサイトづくりにぶつけています。「まんだら庵へようこそ」で漫談出雲神仏巡礼記、まんだら三昧(ブログ)
水木しげるの世界や京極直彦の世界ぼちぼち更新しています。

なお、干支九星勉強会は27日月曜日です。
参加を希望なさる方は、ご一報ください。

写真は、宮島のまこと旅館の売店にあった神楽の面
般若の面です。
お面は奥深い
P1000644

| | Comments (0) | TrackBack (0)

無事中国旅行から帰ってきました

P1000309
今回の旅のテーマは、出雲神仏霊場めぐり、東北につづいて鬼と鉄文化
(しかしこれは途中で手違いもあり、今回の調査はやや不満足でした)
神楽(これも比婆荒神神楽の本場の地にいったのですが、いろいろ諸事情があり、なかなか情報は得られませんでした。)

今回東北の次に中国地方に言ったので、各地方の個性というか気風の差を感じました。
私のような田舎のないものには、なかなかその差がわかりません。

しかし、同じ県でも沿岸部と山奥では土地の気風も人々の考え方も違います。
当たり前といったら当たり前ですが、実際体験して痛感しました。

今回感じたのは、民俗学や文化人類学でいう、土地の人からの聞き取り調査の難しさでした。

今回ある程度文献を調べていったのですが、その土地に住んでいるからといって、誰もが詳しいというわけではないということを痛感しました。

柳田国男の遠野物語も土地の語り部の話を柳田国男が直接きいても、なかなか
あのような形にはまとめ切れなかったと思います。

土地の語りべの話を土地の知識人である佐々木喜膳がある程度まとめてトランレートして始めて、学者の柳田国男がとりくめる材料となったのだと思います。

たぶん今回も佐々木喜膳のような土地の知識人、教育委員会の人や歴史の先生などの話がきけたらずいぶん研究はすすんだかもしれません。

今回の中国旅行は、和光大学の山本ひろ子先生のフィールドワークに刺激されていってきたのですが、やはり山本先生のような解説してくれる人がいないと一次資料も宝のもちぐされかもしれません。
(和光大学の研究生になろうかと、真剣に悩んだくらいです)

あまつさせ、文献を調べすぎて、谷川は神社をめぐってもいろんな文献が頭の中でごっちゃになってしまったといいます。
もっとも、小松和彦先生も何回もかよってやっと口を利いてもらえると本に書いているので、粘り強い調査が必要なのでしょう。

民俗学は大塚英志によればファミリーロマンだといいます。
しかしファミリーロマンは共通の言語思想が必要なので、土地にいったからといってなかなかすぐに手に入らないようです。

今回旅のいろいろなエピソードは、漫談風に
まんだら三昧という別のブログに
まとめてあります。

毎回ながら、第五元素コンビの珍道中が出ています。
まんだら三昧がのっている
「まんだら庵へようこそ」は妖怪,鬼、憑き物サイトとして準備中です。
相変わらず自転車操業で、アップしていくので、よかったらみてください。

写真は、出雲空港で私たちを出迎えてくれたヤマタノオロチ。
よくもわるくも出雲の象徴はヤマタノオロチであったと痛感しました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

キクリヒメとは、

P1000125
明日から谷川と娘と三人で中国の旅に出かけます。
12日から17日まで、第五元素はお休みです。
メールをみるのは、18日になります。

前回の東北のたびは、一言で言えば、鬼と金属、神楽の旅でしたが、
中国のテーマは、何なのでしょうか?

ここのところ、インターネットを接続している、主人のコンピュターが、
ウイルスが入り、インターネットの接続が不安定になっています。

今日は、ルーター自体を変えることになっており、インターネットの
接続が不安定です。
メールの返事は、今日中に返したいと思っていますが、

前回書きましたが、鬼と金属という点では、東北と中国はつながります。
第一日には、まず出雲大社へいくのです。
出雲大社には、行きたいとかねがね思っていましたが、
なかなか、機会にめぐまれなかったので、楽しみにしています。

しかし結婚20何年目の私にとっては、
単に縁結びの神というだけでは、飛行機代を使って、正直物足りません。

ところが、昨日京極直彦の巷説百物語を読んで、
目からうろこが、
この中の『帷子辻』の中に、死んだ妻の遺体に執着する同心の夫が
描かれています。
それに伴い、黄泉津比良坂(よもつひらさか)でのイザナミとイザナギ
のエピソードが出てきますが、このとき出てくるのが、キクリヒメ。

このキクリヒメは、謎の多い神様で、古文献では、唯一日本書紀の
イザナギが腐乱したイザナミの姿に驚いて、黄泉津比良坂で
交わしたイザナミとイザナギの問答の中に名が出てくるだけです。

このとき、キクリヒメが何といったかは、書かれていません。
これに対し、折口信夫は、『山の霜月舞』で、
『たぶんヨミガエルために、ミソギをすすめたのだろう。
すなわちキクリは、ククリ(潜り)を意味していて、
水中に、入ってミスギをすることでシレコト(白事)とは、
死のケガレを払うのに、巫女の呪言が、必要とされた』と言います。

ククリは潜りに通じ、後年の『茅の輪クグリ』もミソギ、ハライ
の神事といわれます。

ここで、今回のたびが、鷺宮神社の夏越しの祓い(茅の輪くぐり)
から始まったことを思い出しました。

よく考えれば、
出雲大社
縁結びの神といわれますが、
大国主命は、本来黄泉の国、冥界の王なのです。

そして旅の後半で訪れる比婆郡は、一説にはこのイザナミの墓がある
という、伝説があります。

キクリヒメは、実は白山神社の守護神なのです。
白山信仰は、謎の多い信仰とされています。
『何が謎なのか、実はそれさえ、はっきり解らない』と書いたのは、
『白山信仰と芸能』の著者藤田四八氏です。

ここら辺は、白の民俗学にこだわる前田速夫の本に詳しく出ています。
白の民俗学は、そもそも谷川健一氏の民俗学が青の民俗学といわれること
それはそのテーマが古代学,南島研究、地名学であり、青銅の色
沖縄の海の色他界の色(ニライカナイ)がアオガモチーフとなっていたからといわれます。

これに対して、前田速夫は、白をモチーフとする白の民俗学を提唱しているが、
白は白山信仰につながります。

加賀の白山信仰は、本来イザナミを守護神として祀っていたのが、
途中でキクリヒメに変わったといいます。
それがどうして変わったのかということも、一向一揆で神社側の史料が
消失し、残っていません。

しかし、東北では、先日訪れた中尊寺の近くに白山神社があったように、
白山神を鎮守として祭っているところが結構みられます。

岐阜県郡上市は白鳥町石徹白(いとしろ)の白山中居神社には
藤原秀衝がその子秀康を遣わして、銅造虚空菩薩像を寄進したといいます。

秀康に随行した上村彦三郎以下十二名はその後も当所にとどまり、
『上村十二社人』となったといいます。

平泉の中尊寺と毛越寺には、寺に隣接して鎮守神のひとつとして、
白山神が祭られています。

菊池山哉は、白山神社と十一面観音を祭っているのは、
かつてそこにエミシの俘囚を移配下からと、大胆な仮説をたてています。

もっとも秀衝は、エミシの俘囚長の家系であることは、あきらかです。
このテーマはどんどん広がってしまいますが。
どうも、金属、山の民と白山信仰は関係しているかんじがします。

そしてキクリヒメは、ミソギに関係しているようで、
白は、死につながり、死と再生に関連しており、
今回の旅は、ある意味死と再生、よみがえりの旅かもしれません。


写真は、中尊寺の近くの金鶏山の入り口
この山には、藤原秀衝がかつて黄金を隠したといういわれがあります。
そしてこの手前には、追っ手によって討たれた源義経の正妻と長女の墓を
まつっています。ここは、くる予定ではなかったのですが、
宿を出て朝看板をみたら、ついひきつけられてしまいました。
ちなみに、弁財天も祀ってあるようです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

神楽は感染呪術その2

P1000240
東北旅行の最終日、ひょんなところから、北上に鬼の館があることを知り、急遽予定を変更してでかけました。

写真は、鬼の館の特別展のテーマ、権現様(獅子舞の獅子のお面のようなもの)。
先日みた東北の修験舞では、権現舞はとても意味があるようなので、とても興味深かったです。

ここの元館長は、盛岡大学の門屋教授とあって、昔ながらの郷土資料館のようなものでなく展示の仕方もビジュアルで、イメージに訴えてくる感じで、なかなか立派な建物でした。

また門屋先生が監修した「和賀の大乗会」を104年ぶりに復活させたDVDがあったので
早速買い求めました。
この準備のため、人を育てるために10年かけたといいますから、息の長い試みです。

この門屋先生は、なかなかアイデアまんらしく鬼百科のCDを出しています。
また、企画展もおもしろく過去に鬼と鉄の企画もあり、今回のテーマに
ぴったりだったので、パンフレットを買いました。
その巻頭には、さまざまな鍛冶神がのっています。

解説によると、鉄器は修験山伏などによって各地域にもたらされ、独自の
公的鍛冶集団や野鍛冶集団といった職能集団が全国に形成されました。

そして、鍛冶に伴う精神信仰が生まれ、「火」を扱うことから「火の神」、
「火伏せの神」を祀る荒神信仰、三面六臀の三宝荒神、鍛冶神が信仰され
ました。

ここ和賀町は、岩手の代表的な鬼剣舞(おにけんばい)の発祥の地で
第4日曜日などには、鬼の館で演じられるようですが、残念なことに平日で
みることはできませんでした。

今週末には、どうも渡辺綱の末裔らしい谷川と奥出雲のたびに出かけます。
上のパンフレットにも、鉄の神々をたずねて、門屋先生がかつて奥出雲を
たずねた時のレポートが出ています。

門屋氏は、奥出雲のたたらの神、金子屋神について
柳田国男が指摘しているように,
金子屋神は、古い八幡神と共通するので、もともと八幡信仰であった
のではないかといっています。

今回の東北中国の旅はもともとは、氏神様の鷺宮八幡神社の
夏越しの祓えから始まっています。

鷺宮八幡神社は、もともと白い鷺が飛び降りたところという、いわれが
あり、最後は八幡信仰に行き着くのかもしれません。

何か見えないものに導かれているかのような気がずっとしています。
それが何かはみえないのですが、どうもそのキーワードは
神楽と鬼のようです。

そして、神楽と鬼、妖怪研究が新しいプロジェクトのテーマになりそうです。
ちょうど東北旅行のころ、金星逆行が始まりました。
中国旅行の時の新月は谷川の星に同期をとります。
この旅がなにか大きく第五元素にもたらしてくれそうです。

私のとっても谷川にとっても金星は大きな意味を持ちます。
金星の逆行が終わると、9月おとめ座が土星入りをします。
これがどんな意味をもつかは、旅行から帰ったらわかるような
気がします。

今月号のメルマガは、
中国の旅から帰った後となります。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

神楽は感染呪術その1

P1000256_3
ようやく東北旅行より帰ってきました。
一番の思い出は、なんといっても早池峰神楽でしょうか。

写真は私のとった早池峰神楽。
来年こそは、望遠を買って、良い位置で撮りたいと思っています。

遠野物語研究所研究員千葉博氏は、『遠野物語と神々の世界』のなかで、
神楽は感染呪術であり、神楽の太鼓,笛、銅拍子(手平鉦)の拍子が
神を動かし、多数の見物衆を狂わし(恍惚の境地)、そのなかでの多数の
祈願が神によって叶えられるといっていますが、まさしくそれを実感しました。

ともかく私がはまったのは、銅拍子(手平鉦)、
今もこれを鬼の館で買った、『和賀の大乗神楽』のDVDを聞きながら
書いていますが、聞くだけでトランス状態になります。

『鬼が作った国、日本』(知恵の森文庫)で、自らも羽黒山伏の入峰修行を
おこなった体験をもつ内藤正敏は、ベテランの山伏や行者は、
太鼓のたたき方ひとつで、信者を神憑らせたり、憑きものを落とす
ことができるといいます。

そしてそのポイントは、最初は、自分の心臓の鼓動よりちょっと早くする
ぐらいのリズムから入り、だんだんリズムをあげて言って、突然リズムを
崩すといいます。

神楽も背景の太鼓と銅拍子のリズムで、意識状態がコントロールできるのです。
これは、かつてグロフのホロトロピックセラピーを受けていたときに、
実感しましたが、太鼓のリズムのような単調な音は、人間の深層、イメージも
左右していきます。

この本にもありましたが、音や言葉を支配するものが、権力とすれば
権力は必ず特殊な知識技術を、必要とします。

今回金属技術をめぐって、東北を旅して実感しましたが
呪術呪力を支える背景に、水銀、砂金のような一部のハイテクな
工業的技術が、不可欠なのです。

最も今回は、娘が、神楽に、あまり興味を持たず、
途中で、泣く泣く帰ることになり、来年は、必ず一人で宿をとって
すべての神楽を見ようと、決意しました。

明日は、ソンディテスト事例研究会です。
この後は、また次の回で。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« July 2007 | Main | September 2007 »